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| 大原寺の双体道祖神 大原2区 字上西 曹洞宗の大原寺は岡登の創建した東禅寺と言う説もある。 この寺の山門前北側にこの像がある。 造立年も作者も不明であるが、当町で二体あるうちの一体である。 胴部で欠けているので持ち物は不明である。 |
渡辺家霧島つつじ 大原3区字上西 渡辺家の庭にあり樹齢は不明であるが、近隣ではめずらしい大木である。 銅山街道の宿場として栄えた頃から、その美しい花を咲かせていたのだろう。 初夏には幅5m、高さ3m程の範囲に花の山ができる。 |
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道しるべ(町指定史跡) 大原3区字上西 滝原経男 氏方 天保4年造立のもので、滝原家の庭にある。銘に「あづま道」とある。宿駅の名残りをとどめる道標であると同時に「あづま道」を示しためずらしいものである。「あづま道」の経路及び呼称については諸説があり、古代の官道「東山道」と別のものという説が有力であるが、当町内から太田市の八王子丘陵沿いに、点々として呼称が残っている。また、新田町の片山家文書の中にも元禄期の絵図に「あづま道」が記入されている。 |
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| この絵図の経路には義経伝説もあることから、 少なくとも中世においては主要道であったろうと 思われる。 |
長建寺 大原6区字下西 欄間彫刻 町指定文化財 参道入口には信州高遠の石工作の仏像がニ体ある。また本堂の内・外陣に当町に住んだ彫工岸亦八の彫刻(町指定)がかかっている。亦八は武州(埼玉県)の生まれで、山之神に住んでいた名工である。それ以後三代にわたって近隣の神社・仏閣に彫刻を残している。 なお寺域内の墓地には銅問屋を勤めた西村家の墓地や鋳物師として有名な椎名家の墓など本町村(現大原)の発展に尽力した人々の墓があるし、境内には石造物も多い。 この寺は、字樋ノ口にあったとともいう。 |
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| 全性寺 大原6区字下東 欄間彫刻 町指定文化財 岡登景能による寛文年中の創建時のままの位置にある。参道にある地蔵尊は寄せ集めであるが、その一体(西より2番目)の台石に道しるべがある。ここより北の角にあったものと思う。 この道しるべは銅山街道が盛んな時の正徳4年のもので、江戸・平塚(河岸)・丸山(薬師)・出流(栃木県)を示すもので、銅山街道と寺社参拝の旅をする人のためのものである。刻まれた文字からどこにあったかを推理するのも一興であろう。 なお本堂の彫刻は町の指定になっており、作者は岸亦八一族である。内容は中国の話しである。 またすぐ北には岡登の勧請による神明宮と彼を祀る岡登霊神社とがある。 |
| 牛之塔 中原 町指定文化財 桐生市川内町の崇禅寺に関係する伝説を持つ。 鎌倉時代のものであるが、享保年間に地震で崩れ補修されている。 道路拡幅のため、位置が動いたが、出土した宝篋印陀羅尼経を書いた竹管は民俗資料館で保管している。 |
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